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休日に職場近辺をうろついた

  • 投稿者: ntoh(夫)
  • 2009年10月19日 8:21 PM
  • 旅行

ICCとアートギャラリーでやっているヴェルナー・パントン展にいってまいりました。

インテリアにそれほど詳しくない私でもパントンチェアの名前くらいは、知っております。そのデザイナーの、パントンさんです。

ヴェルナーパントン展

初日の割には、人がすくなくそれなりに落ち着いて見ることができましたモヨリ。 ほとんどは展示のみで、実際に座ったりはできないのですが、この「ファンタジー・ランドスケープ」は体感できる展示で、非常に盛況でした。

ファンタジー・ランドスケープ

その後は、本当の目的である某焼肉店へ。食事券をもらったのだが、有効期限が切れそうだったのよね。

というわけで、休日も勤務先と同じビルで過ごす週末なのでした。

金沢旅行2日目

  • 投稿者: ntoh(夫)
  • 2009年10月11日 10:04 PM
  • 旅行

二日目。

周遊カード

スクラッチ式(日付をスクラッチする)のバス周遊カードを使ってのバス移動。

火の見櫓(やぐら)と、金沢で有名な料亭。

金城楼

櫓

金城楼と櫓をこえて、お茶屋街にむかってねりねり歩く。

「志摩」は、文政三年(1820)に建てられたお茶屋の建物で、これまで手を加えることなく、江戸時代そのままに残っており、学術的にも貴重な文化遺産として高く評価されている。

舞妓Haaaan!を見て予習済みだった私は、芸者あそびといっても卑猥な想像をすることなく、雅な思いを馳せるのであった(嘘)

お茶屋

お茶屋庭

お茶屋お茶屋蛙

お茶屋街を見晴らし台より

その後は、寺町寺院群の方を散策。

寺町寺院郡の地図

一向一揆の対策として、管理しやすいように寺を集中させたといった理由があるよう。

寺社郡 

寺ばかし10社ほど回ったところで飽きて、お茶屋街に戻り加賀友禅の体験をしてきた。

ゆうぜんゆうぜんパレット

金箔屋で金箔作りの工程を見学。ここのトイレは便器以外はほぼ金箔張りだった。

金箔屋トイレ

忍者寺こと妙立寺へ。隠し階段やら隠し部屋満載、小さいころこんな家へ住めたら最高だろうなぁ。

忍者寺

初代藩主、前田利家公が金沢城に入城して間もない天正一三年・一五八三年、政治の理念を日蓮宗・法華経の中道精神に求め、藩を守護する祈願所として建立したのが、妙立寺である。
利常公の頃には、徳川幕府の基礎固めは着々と整い、逆に全国諸大名はいつ改易になるかと戦々恐々。公儀穏密の動きに震え上がっていた。こうした中、利常公は鼻毛を伸ばして馬鹿殿様を演じ、徳川家に対する謀反などとんでもないと幕府を安心させる。その一方で芸能文化を奨励、産業を育成し、またその反面、いざというときに備えとして兵舎がわりの寺院群を移築ないし新しく建立した。その中心に監視所―城でいう本丸―になるような建物が必要とあって、現在の・要塞・のような当妙立寺が出来たわけである。したがって「出城」「祈願所」「忍者寺」いずれの呼称も当てはまる。
結局、戦火にあうこともなく、まさに加賀百万石の繁栄は利常公の知略の賜で、徳川幕府三百年の歩みとともに歴代の加賀藩主は当妙立寺を祈願所として崇め、家紋「剣梅鉢」を守ってきたのである。

おまけに猫。

白い猫

生麩くっていたら、武家屋敷閉館してしまい本日終了。

金沢旅行1日目(後半)

  • 投稿者: ntoh(夫)
  • 2009年10月10日 11:35 PM
  • 旅行

金沢 21世紀美術館の後は兼六園へ。

兼六園入り口 兼六園中 兼六園池 兼六園小川 兼六園 兼六園 兼六園 兼六園池 兼六園ファウンテン

兼六園を出た後は、かるく金沢城を見てホテルに戻る。

金沢城 

夕食はホテル内でのコース料理だったんだが、海老と貝類ばっかりで、涙目(苦手なのである)。

夜はライトアップされた町並みを見に行ったのだが、夜雨にちょうどあたって挫折。金沢駅構内をぶらっと回って帰る。

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